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奈良の都を見めぐりて、元明帝のみさゝぎなる犬石をうつしすりて一ひらを旅屋のあるじ威徳井屋某におくりあたへしに、ゆゑよししるしつけてよとこへるにそへたる詞、
此の犬石は大和国添上郡なる眉見寺のうしろのをかにたてり。こゝはむかし元明のみかどをかくし奉りし所なりとぞ。はじめは四方四隅にたてたるものにて、隼人がとものみかどもる心にてすゑしものなりけんを時うつり星かはり岸くえ土くづれて地の底にうづもれしもありて、今は四つ残れり。それもなかばうもれたり。其さま、たてるあり、ついゐたるあり。此の一つのみあざやかにまたくすがたをあらはせり。しかるを後には七疋狐とかいひならはして、つひに稲荷のほこらをいとなみ、とりゐをさへたてゝあらぬ事どもいひつたふめり。おのれことしやよひのはじめつ方こゝにあそべるに、旅屋のあるじのこふにまかせて、此の犬石のゆゑよししるしつけてあたへぬ。かくものしおくは、大江門の言の葉人清水のはま臣。{遊京漫録}
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