八犬伝第四輯叙

 

狗之守夜也、性矣。敬主識主也、亦性矣。諺曰、跖狗吠堯。此非其狗之罪。臣子之於乱朝善守其職而無私者、亦当若是。何者、殷三賢不忠於西伯。然周不敢罪之。故孔子曰、君難不君臣、不可以不臣、父雖不父子、不可以不子。蓋此干箕子等之謂歟。由是観之、其性所捷、雖狗無以異人也。嗚乎与夫食君之禄、而令父母愁、夫妻相虐、兄弟為讐、遠旧迎新、■ケモノヘンに言/々呀々走利者、大有径庭。宣、国有賢相、則無姦佞之賓、家有良狗、則無窺■アナカンムリに兪/之客。於是、四隣可不勉、而衛比屋可高枕而睡也。是余之為八犬伝、所以寤蒙昧。抑〃取義於茲。其書若干巻、既刊布于世。頃又継編至於第四集。刊刻之際、書肆山青堂屡〃来、而徴序甚急。毎編有自序、今不可辞。因附増数行、以塞譴云。

 

文政三年庚辰冬十月端四書于著作堂西廂山茶花開処

 

飯台曲亭■ムシヘンに覃/史

 

狗の夜を守るは性なり。主を敬い主を識るも、また性なり。諺{ことわざ}に曰{いわ}く、跖が狗は堯に吠える。此{これ}は、その狗の罪にあらず。臣子の乱朝における、善{よ}くその職を守りて私{わたくし}なき者は、また、まさに是のごとくなるべし。何となれば、殷の三賢は西伯に忠ならず。しかれども周はあえて之を罪せず。ゆえに孔子{くし}曰く、君は君たらざるといえども、臣は以て臣たらざるべからず、父は父たらざるといえども、子は以て子たらずんばあるべからず、と。けだし比干箕子らの謂{い}いか。是によりて之を観{み}れば、その性の捷{すぐ}るる所は、狗といえども以て人に異なるはなし。ああ、夫{か}の君の禄を食{は}みて、父母をして愁えせしめ、夫婦はあい虐し、兄弟は讐{あだ}と為り、旧を遠ざけ新を迎え、■ケモノヘンに言/々呀々として利に走る者に与し。大に径庭あり。宣なり。国に賢相あれば則ち、姦佞の賓なし。家に良狗あれば則ち、窺■アナカンムリに兪/の客なし。是において四隣は勉めずして衛るべし。屋を比{なら}べるものともに、枕を高くして睡るべし。是は余が八犬伝を為{つく}りて以て蒙昧を寤さんとする所なり。そもそも義を茲{ここ}に取れり。その書の若干の巻は既に世に刊布す。頃{このころ}はまた編を継ぎて第四集に至れり。刊刻の際{あいだ}、書肆山青堂が屡〃{しばしば}来りて序を徴すること甚だ急なり。毎編に自序あり。今、辞すべからず。よりて数行を付け増して以て譴を塞ぐと云う。

 

文政三年庚辰冬十月端四著作堂西廂の山茶花開く処に書す

 

飯台曲亭の史{ふみ}に■ムシヘンに覃/すもの

 

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八犬伝第四輯口絵

 

【腕組みして立つ小文吾。牛根孟六・塩浜鹹四郎・板扱均太が組み付くが、ビクともしない。絵の周囲に梅花】

 

身体有痣玉面無疵英奇蓋世功名共随 守忍菴題

 

身体、痣あり。玉面、疵なし。英気は世を蓋い、功名は共に随う

 

犬田小文吾・板扱均太・塩浜鹹四郎・牛根孟六

 

★馬琴が後の部分で文句を言っているが、小文吾が設定通りの大兵肥満として描かれることは少ない。人気がなかったからだという。良いじゃないか、太ってても

 

【櫂を地に突き立て振り返る山林房八。足下に「東西」と書いた扇を開き行司を気取って見得を切る修験道観得。絵の周囲に雪輪】

 

尚義推類遺訓思親旧怨所解殺身為仁 ■頼のしたに鳥/斎老人

 

義を尚{たっと}びて類を推{お}し、遺訓に親を思う。旧怨の解く所、身を殺して、仁を為す

 

山林房八郎・修験道観得

 

★悪ぶった房八郎と「観得」。男の子には不良に憧れる時期がある。不良が実は善玉で、真面目そうな奴が悪役だとの設定は、現在でも少年漫画に多く見られる

 

【大八をあやす立ち姿の沼藺。着衣は麻葉模様。帯は雲。じゃれつく大八の着衣は車輪模様。背後に犬張り子と太鼓・撥。絵の周囲は宝珠】

 

節婦如竹其子捷親 信天翁

 

節婦、竹の如し。その子、親に捷{まさ}る

 

沼藺・大八

 

★「竹」は実は「升」だが近世の通例として置換可能←単に誤字頻発字 

 

【信乃の人相書を開く妙真。帯は瓢箪柄。法螺貝と尺八を持つ念玉。着衣は繋ぎ雷文。絵の周囲は二枚貝で恐らくは蛤】

 

蕭々夜笛鶴鳴湖湘惟貞是烈哀而不傷 芳流舎

 

蕭々たる夜笛、鶴は湖湘に鳴く。これ貞、これ烈。哀にして傷{やぶ}らず

 

戸山妙真・大先達念玉

 

★夫に先立たれて烏髪の在家仏教者/優婆夷となった妙真と、妻となるべきであった既婚者が死ぬ直接の契機をつくり僧となった丶大を対比する。八犬伝の口絵は、何か共通する者・対称的な者を並び描いている。此の場は愛する者と死別し出家したとの繋がりで並べ置くか。二枚貝、就中、蛤は、決して別の貝殻とは合わないと云われている。男女ともに貞操の象徴である

 

【前出親兵衛の着衣を銜えて暗闇を飛ぶ八房。燐火が首元から揺らめき出ている。背後に稲妻。驚き見上げる巡礼姿の古那屋文五兵衛。背には「奉巡礼板東三十余箇所」。文五兵衛の縁地である那古は観音で有名。那古寺は、板東三十三箇所の結局であり、安房三十四箇所の第一番札所。絵の周囲は柏葉か】

 

命惟雖薄神霊自扶 琴嶺處士

 

命は惟{これ}薄しと雖も、神霊は自ら扶{たす}く

 

古那屋文五兵衛

 

★遍路服に坂東三十余箇所。三十三箇所は、観音霊場を巡り功徳を積む行為。観音が主宰する世界は南方海底にある補陀落だが、補陀落信仰のメッカ・熊野を中心とする西国三十三箇所が有名。幕府開闢以降、江戸が発展して阪東三十三箇所も盛んとなった。阪東三十三箇所は、八犬伝でお馴染みの那古観音を打ち止めの補陀落浄土として設定している。那古寺は、伏姫が籠もった富山から役行者ゆかりの洲崎神社に向かう行程の、ほぼ中間点だったりもするし、「那古」七郎は小文吾と親兵衛の祖先でもある。縁起では、行基菩薩が海中から出現した柳の霊木を刻んで千手観音としたとある。弟橘姫かもしれない。また安房にも一国単位の観音巡礼が設定されていた。安房三十四箇所、である。出発点は、那古寺だ。那古寺を後にした巡礼は、「房総第一の仏地」{百八十勝回中編}鋸山の日本寺{八番}で弟橘姫が入水した海を眺望し、富山に登って福満寺{十二番}に詣で、延命寺{二十四番}を経由、最西端の観音寺{三十番}で折り返す。三十三番・観音院で打ち止めかと思ったら更に北上して、何故だか「三十四番」大山寺{滝本堂}まで行かねばならない。大山寺が、安房観音霊場の結局なのだ。さて、今回の挿絵では三十三箇所とせず「三十余箇所」としているが、安房一国霊場の如く「三十四箇所」もある。三十三箇所を三度回ると九十九回で区切りが悪い。三巡目には、別に設定された三十四箇所目を回って、合計百にする荒技が生み出された。だからこそ、「三十三箇所」と明言できず、文五兵衛も「三十余箇所」としているのだろう。文五兵衛の巡礼は、阪東三十三番札所、正に己の出自たる「那古」を目指すものである。此の様な意味合いが、文五兵衛の遍路衣装に込められているのだろう。……でもまぁ三十三箇所とか八十八箇所で設定されている行程は、かなり長距離に亘るから、三度も何度も回らなくて良さそうなものだが、巡礼は多く巡れば巡るほど利益がある】とされていた。巡った回数が多くなれば、先達とか大先達とか【階級】が上がる。これら先達に率いられて巡礼は歩いた。このため霊場付近の宿屋は先達と契約し、宿泊客を連れてきて貰う。先達は契約した宿に泊まるよう行程を組む。また、現在でも何度も回った証の金色だか何色だかの札は高値で売買され仲間内の自慢となる。余剰生産が少なく生活に余裕がない段階もしくは戦乱で領域間の通行が困難な場合には、余程の覚悟がなければ巡礼などに出掛けられない。前提として仏教が社会に根付いていなければならないが、経済段階が或る程度は発達し、領域間の交通が比較的容易になった近世に、巡礼が流行し、前述した如き霊場を拠点とした巡礼の市場システムも作られた。多く回れば回るほど御利益があるとの俗信も、宗教的な発端はあったろうけど、宿屋や先達や寺院の経済的必要に後押しされ一般化したのではないか。とにかく近世に於いて、巡礼はメジャーな観光であり、大衆小説たる八犬伝に取り入れられたことには、納得がいく。ひいては、観音信仰が、さほど切実でないものも含めて、かなりポピュラーであったことをも示している。大山寺・那古寺・養老寺など、観音霊場を巡る如きストーリーの一側面をも示しているか

 

【首桶を持って立つ新織帆大夫。鍔無しの刀を地に立て腰を下ろす簸上社平。着衣・袴とも雲模様】

 

魚目混玉蕭艾紊蘭 雷水散人曲亭

 

魚目が玉に混じる。蕭艾が蘭を紊{みだ}す

 

簸上社平・新織帆大夫

 

★蛇の一族たることを示すためか社平の着衣は雲模様。此の挿絵では新織が「新識」になっているが、見なかったことにしておく。単なるケアレスミスだろう

 

 

 

一犬当戸鼠賊不能進矣犬乎犬乎勝於猫児似虎

 

一犬の戸に当たりて、鼠賊の進む能わざる。犬や犬や、虎に似る猫に勝つ

 

ぬばたまの夜をもる犬は猫ならであたまのくろきねずみはばかる

 

■頼のしたに鳥/斎閑人狂題

 

★「あたまのくろきねずみ」は人間、なかでも悪人や盗人を指す隠語っぽい俗語

 

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第三十一回

 

「水閣の扁舟両雄を資く江村の釣翁双狗を認る」

 

【右手に屋根上で組み合う現八と信乃。現八の着衣は雲模様。左手には後ろ手を組む釣り仕度の文五兵衛。絵の周囲は、下部が波、上部が雲、中間が葦。川の風景】

 

うち落す鼓のさえや桐一葉 東岡舎羅文句

 

犬飼見八・犬塚信乃

 

かかまるにへら{かカ}たく見ゆる世の中に馬鹿々々しくもすける釣かな 信天翁狂題

 

文五兵衛

 

★信乃の紋が桐である所から、芳流閣から落ちる信乃を描いていると判る。素人には鼓に音を立てさせるだけでも難しいとされているが、音すなわち空気の波動によって桐葉が落ちることもあろう。但し、打ち手は凄まじい気迫を繰り出す一流の武芸者でなければならない。即ち、二階松山城介の高弟・現八である。ところで「二階松山城介」は恐らく、剣術を集大成した者、ぐらいの意味を持たされている。剣術を兵法とも呼ぶが、兵法三大源流と呼ばれる流派がある。新当流・塚原卜伝に繋がる天真正神流を創始した武芸者は飯篠山城守家直、中条流創始者は中条兵庫助長秀である。中条流は佐々木小次郎も関係しているが富田流に繋がる。もう一つの源流が、愛州移香斎久忠の陰流だ。陰流は、柳生新陰流へと展開する。やや牽強付会めくが、「山城介」は飯篠山城守と中条兵庫助の折半か。もしくは、高名な剣豪の山城介あるか。ところで「二階松」だが、紋には其のようなものがある。しかし、出版統制に敏感、細心な馬琴のズラしを幾つも見てきた我々は、文字通りの「二階松」だけに拘るわけにはいかない。似た紋に、「二階笠」がある。名称だけでなく、形も似ている。そして、此の「二階笠」を用いた武芸の一族は、確かに在った。柳生である。因みに、柳生は菅原道真を祖としている。寛政重修諸家譜巻第千三十四菅原氏柳生には「家紋和礼茂香二階笠雪篠」とあり「家伝に二階笠はもと坂崎出羽守直盛が家紋なり。直盛生害の丶ち彼家の武器を宗矩に賜鮒り。かつ其紋をもつて副紋とすべきむね仰をかうぶるといふ」。また更に言えば、柳生が二階笠紋を使い始めたことに就いて、面白い俗説がある。夏の陣で大坂が落城したとき、徳川家康の孫・千姫は豊臣秀頼の妻として、城と運命を共にしようとしていた。が、孫娘だけは助けたい家康が、姫を助け出した者を婿にすると言い出した。応じたのが、坂崎出羽守直盛であった。直盛は火傷を負いながらも見事、千姫を救出した。しかし家康は約束を守らず、姫を本多下総守忠刻と結婚させた。千姫が忠刻に一目惚れしたという。怒った直盛は千姫の行列を襲い掠奪しようとしたため切腹を命じられることとなった。その時、説得には友人・柳生宗矩が派遣された。直盛は説得に感動し、切腹を受け容れた。二人の契りの証にと、宗矩に二階笠紋を使ってくれるよう願った。あくまで俗説であり信憑性は低いが、近世に於いて既に東照大権現・家康もしくは二代将軍・秀忠を悪役側に仕立てている点が興味深いし、何より、千姫を嫁にやるからと騙された直盛が、八房にダブる

★腰が屈まるほどの高齢となり、せっかく平和に暮らしていたのに、釣りを好んだために、玉は転がり込んでくるわ、犬士たちの事件に巻き込まれてしまって、馬鹿馬鹿しいことだ。ぐらいに、取り敢えず解釈しておく。「狂題」とあることから、本気の評でないことは明らかであり、文五兵衛が馬鹿馬鹿しいというのではない。ちなみに、「へらたく」ではなく「経がたく」とも読めそうだが、「屈まる」との対比の妙を求め、敢えて「へらたく/平たくの転訛」と見る

 

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第三十二回

 

「■キヘンに沙/■キヘンに羅/もがり/を除て少年号を得たり角觝を試て修験争を解く」

 

【路上で犬太と争う小文吾。犬太の着衣はヨコシマ……ならぬ縦縞。小文吾は市松。背後に巷間の人々。荷駄二疋には、それぞれ「大吉」「山」字。天秤棒を担いだ商人風二人。置かれている俵は塩か。海女らしき女性もいる】

 

小文吾任侠犬太を拉ぐ

 

もかりの犬太・小文吾

 

【八幡社頭での勧進相撲。左四つで組む小文吾と房八。見物人は盛り上がっている。やはり小文吾の方が大きく太く描かれている。念玉の背後に酒徳利様のものが見えるが、出家のくせに、まさか飲むのか】

 

八幡の社頭に両修験角觝を試る

 

大先達念玉・山林ふさ八郎・犬田小文吾・修験道観得

 

★近世相撲取りは男芸者のうちとも見なされ、男の性の対象ともされた。躍動する野郎の裸身を見詰めつつ酒を飲む修験僧なるヽ大は、現在に置き換えれば美少年アイドルに獣欲の籠もった視線を向けるオヤジともなろう。……いや、プロレスラーの組んず解れつに狂喜するオヤジか。

まぁ其れは措き、ヽ大は、小文吾の白くムッチリした尻に視線を向けている。強張り盛り上がった尻を、穴があくほど凝視している。汗ばみ上気した尻を見詰めている。小文吾の痣が尻/腿にあるから仕方ないとはいえ、周囲から見たら単なる変態オヤジだ。隣からヽ大の横顔を覗き込む男は、「へっへっへっ、お坊様も、お好きで……」とか云っていそうである

 

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第三十三回

 

「小文吾夜麻衣を喪ふ現八郎遠く良薬を求む」

 

【葦茂る川縁で井桁模様の着衣を纏う小文吾が立ち止まっている。左脇に抱えた篠葉模様の風呂敷包みを背後から奪おうとする頬被りの男】

 

暗夜の敵蘆原に小文吾を抑留す

 

小文吾

 

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第三十四回

 

「栞崎に房八宿恨を霽す藁塚に犬田急難を緩す」

 

【祠の前にある古株に胡座を掻く観得。片膝立てて座る小文吾の左肩を踏みつける房八。背後に雀が四羽連なり飛ぶ。祠に鶏の絵馬が捧げられている。道が二股に分岐する地点らしい】

 

庭訓を守て小文吾狼藉を忍ぶ

 

ふさ八・小文吾・くわんとく

 

★構図の落ち着きは然ること乍ら、道の分岐点で小文吾が凌辱されている点が面白い。房鉢が表層深層の二面をもつことを暗示し、且つ此の段階では読者に、禍福いづれの結果が待ち受けているか判らない状況であることを表現している

 

【前の挿絵と似た風景。見得を切って直立し捕手の新織帆大夫に振り向く小文吾。荘官千鞆檀内が控えている。組子二人が小文吾に対峙。向こうの道で後ろ手に縛られた文五兵衛が組子に引き立てられている】

 

帆大夫途に小文吾を搦捕んとす

 

文五兵衛・小文吾・新織帆大夫・荘官だん内

 

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第三十五回

 

「念玉戯に笛を借る妙真哀て嫁を返す」

 

【古那屋の店先で小文吾に投げられる孟六・鹹四郎・均太。熟女の色香を振り捲きつつ駕籠を降り古那屋を窺う出家妙真。帯が繋ぎ雷文に雲。向こうに駕籠掻きらしい男二人。妙真の足下に「江」字紋入り提灯。古那屋の壁には丸に古字の紋。店の内に「古那屋」行灯。店先に「旅人宿古那屋」看板{行灯式か}と「月参講」「高盛講中」「成田山」「{丸に山崎}月参」「大々講中」の札】

 

三奴辟易妙真来訪

 

三奴、辟易す。妙真、来訪す

 

孟六・小文吾・から四郎・均太・戸山の妙真

 

【ぐったり眠る親兵衛を膝に抱き右腕で目を覆い泣く沼藺。信乃の人相書を持って驚く小文吾。妙真は櫛を使い艶っぽい表情。尺八を右手に握る念玉が暖簾から首出し様子を窺う。蚊遣りの煙か、火鉢が燻っている。戸棚に「御守護」の札と神らしき者の絵。折しも牛頭天王の祭礼時期であったから、牛頭天王であり、就中、祭礼に引き付けた念玉の言葉「何国の浦も壮者の心は武速進雄の神慮寔に測りかたし」から、天王と習合した素盞嗚尊{の荒魂}の絵であろう。「古那屋」行灯のもとに法螺貝】

 

姑■オンナヘンに息/の哀別夜笛憂を増しむ

 

念玉・小文吾・ぬい・大八・妙真

 

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第三十六回

 

「忍を破りて犬田山林と戦ふ怨を含て沼藺四大を傷害す」

 

【刃を交える小文吾と房八。双方片手で、まるでフェンシング。手前で沼藺が、ぐったりしている親兵衛を庇う。背後に「古那屋」行灯。窓から雲のかかった満月が覗く。玉兎邂逅】

 

白刃交るとき小児謬て■アシヘンに易/殺さる

 

房八・大八・ぬい・小文吾

 

★時は恰も牛頭天王祭礼の季節である。房八と、年下ながら義兄の小文吾が争う背景には、蘇民将来伝説があろうか。牛頭天王が身を窶して訪れたとき、弟の巨丹将来は冷たくあしらい追い払った。兄の蘇民将来は温かく迎えた。このため牛頭天王は、蘇民将来に疫病除けの札を与えた。牛頭天王を信乃に置換すれば、蘇民将来/小文吾は温かく迎え入れ、巨丹将来/房八が官憲に突き出そうとする、との対称も味わい深くなる。疫病を制御する牛頭天王/信乃が破傷風に罹るとの逆転した皮肉も効いてくる。勿論、房八の真意は信乃の身替わりになることだから、あくまで途中までの表面的な重ね合わせに過ぎない。読者は、房八が憎まれ役の巨丹将来でなかったことに後から気付く。両者を結ぶ方程式は読者の脳裡から抹消されるが、さて、信乃が牛頭天王/素盞嗚尊と結び付けられた記憶の印象は、後を引きそうだ。……ところで如何でも良い話だが、蘇民将来と巨丹将来が兄弟ならば、「将来」が名字/ファミリーネームで、「蘇民」「巨丹」がファースト・ネームか。いったい、何処の国の者だ

 

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第三十七回

 

「病客薬を辞して齢を延侠者身を殺して仁を得たり」

 

【土間に面した座敷での一幕。瀕死の沼藺と房八が手を突いて最後の口説。座位の小文吾が腕組みして耳を傾ける。信乃が柱に凭れ法螺貝を携えている。確かに信乃と房八は似ている。潜り戸から妙真が覗き込んでいる。親兵衛は沼藺の背後で仰向けになっている。「古那屋」行灯】

 

妙薬の効信乃回陽す

 

妙真・房八・小文吾・信乃・ぬい・大八

 

【回想図。入江河原の柳のもとで、腰簑をつけ笠を手にした中年の文五兵衛が川面を振り返っている。水中から光が放射している】

 

文五兵衛夜水中の光を撈

 

文五兵衛

 

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第三十八回

 

「戸外を戍りて一犬間者を拉ぐ徴書を返して四彦来使に辞す」

 

【両脇に孟六・均太を抱えて絞め殺す編み笠の現八。二人の目が飛び出している。圧殺である。左手には鹹四郎の仰向け死体の前に腰を下ろす小文吾。まだ前髪姿。背後に笠と墨染め衣を掲げ扇を開く蜑崎照文が正体を明かしているが、誰も見ていない。紋は碇】

 

現八勇力三間者を鏖にす

 

孟六・犬飼現八・均太・小文吾・から四郎・照文

 

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第三十九回

 

「二箱に斂めて良儔夫妻を葬る一葉を浮めて壮士両友を送る」

 

【暗闇の六人。左端に葛籠を背負った現八。片手に鍬を持っている。照文が提灯をかざす。紋は、まだ碇。間から丶大が笑顔をのぞかせている。右手は、葛籠に手を掛け片膝立ちの小文吾。まだ前髪姿。左端に親兵衛を抱いた信乃】

 

朝露砕玉豪傑に送らる

 

犬飼現八・丶大法師・蜑崎照文・犬田小文吾・犬江親兵衛・犬塚信乃

 

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第四十回

 

「密葬を詰て暴風妙真を挑む雲霧を起して神霊小児を奪ふ」

 

【立ち去ろうとする妙真の裾を掴む座位の舵九郎。胸毛あり。キッと振り返る妙真の帯は蓮華模様。窓から文五兵衛と照文が言葉を交わしているのが見える】

 

奸智を逞して舵九郎妙真を落さんとす

 

かぢ九郎・妙真・文五兵衛・照文

 

★あくまで文学解釈の方便であり、現実からは独立していると予め断っておく。体毛の話だ。八犬伝前半で、毛深い者は悪役だ。後に、石亀屋次団太など、善玉でも毛深い者が登場するが、全般として、善玉は悪玉より体毛が薄く、肉体もスマートだ。悪役の方が、男性ホルモンが多く分泌しているらしい。ところで、我々は、同様な文化を既に知っている。男どもでさえ、美しい少年を崇拝していた古代ギリシアだ。俗に言う「プラトニック・ラブ」は、古代ギリシアの不細工な哲学者が美少年に誘惑されたとき、何だか綺麗事をぬかして、まぁ自分の不細工さを自覚していたから積極的になれなかったぐらいのことだろうが、肉の契りを敬遠した故事をもとにしている。古代ギリシアの性風俗を写した当時の、所謂、黒絵式陶器では、少年と成人男性の区別は肉体の輪郭と髭の有無ぐらいのもので、成人男性でも体毛の表現は薄いし、生殖器も少年の如き短●包●に限っている。攻めている念者と、受けている稚児の生殖器が共に、●小●茎なのである。日本の近世春画が成人男性の生殖器を異常なまでに巨大化しているに逆行している。西洋人が日本を侵略しなかった真の理由は、【男としての劣等感】だったとする史家もあり、実際に日本を知る英国人がそのようなことを記している文書も残っている。が、挿絵を見る限り八犬伝に於いて善玉は、淡泊そうなアイドル系の痩身無毛型だ。対して悪役は、タンパクはタンパクでも蛋白質豊富で、より逞しく毛深く、欲深い。古代ギリシアでも、通常描かれる成人男性・少年は、前述の如くアイドル系だが、性的放埒の象徴たるサチュロスは、より逞しく毛深く、獣的だ。端的に言えば、【不健全な精神は健全な肉体に宿る】ともなろうか。此は、肉体と精神を分割して考える傾向から、生み出された表現であろう。「プラトニック・ラブ」だ。恐らく八犬伝もしくは当時の日本の考え方も同様だったのではないか。とはいえ、いきなりには童子神信仰にまで飛躍したくはない

 

【並松原の喧嘩。画面右手で照文が三人を引き受け戦っている。うち一人の振り下ろした櫂が延髄にキマっているが、照文は怯まない。既に四人ばかり倒れ、一人は首を落とされている。照文の着衣は繋ぎ雷文。袴は雲模様。戦いで照文が活躍する印象は薄いが、相手が武士でなければ流石に優位に立つということか。奥で文五兵衛が一人を抑え付け、一人と刀で戦っている。相手の得物は櫂。右端で依介が座り込んでいる。画面左上部で舵九郎が石を振り上げ親兵衛の頭を割ろうとしている。慌てて止めようとする妙真】

 

諸善窮阨衆悪途に起る

 

より介・文五兵衛・照文・親兵衛・かぢ九郎・妙真

 

★照文の然り気ないファッションが次の場面を暗示しているか。ただ、八犬伝挿絵に登場する着衣には、雷や雲の模様が多用されており、此処でのみ注目する必要はない。雷や雲の模様の頻用は恐らく単なる流行ではない。余りにも長期に亘っている。龍との縁に依るのではないか

 

【豪雨と稲光の中、八房の上に立って飛来した伏姫。親兵衛を抱き取ってしまう。舵九郎が逆様に吊り上げられ股裂されている。腹部から腿にかけて浮かぶ模様は雷が体内を走る描写か。慌てて見送る文五兵衛・照文。妙真は親兵衛に手を差し伸べようとしている。背後で依介が三角巾を額につけボンヤリ佇む】

 

舵九郎を屠戮して神霊一犬士を隠す

 

依介・照文・文五兵衛・妙真・かぢ九郎・犬江親兵衛

 

★悪役が虐殺される場面。以前にも述べたが、仏教神は、ただ優しいだけの腑抜けではない。如来・菩薩も必要があれば明王・天となって暴虐の側面を表し、毅然として悪と対峙し退治する。如来・菩薩そのものは形あるモノといぅよりは概念そのものであるから、彼等が悪と戦う場合には、概念と概念の戦いであって、智恵・理論が武器となる。が、俗世に権化した場合には、実力行使を伴う。太陽神観音/伏姫は、今回は雷で舵九郎を股裂きにした。太陽神でありながら太陰をも裡に秘めていることが明示される。後には、摩利支天河原に猪を漂着させて管領軍への火計を支援した。まるで大黒天の眷属、ダキニーの如きだ

 

 

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